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神戸地方裁判所 昭和44年(わ)132号 判決

主文

被告人らはいずれも無罪

理由

(本件公訴事実の要旨)

被告人らに対する本件公訴事実の要旨は「被告人大宮は、関西興業株式会社の取締役であり、同社が経営する神戸市○○区○○通に所在するバー『ミッキー』の事実上の経営者であり、被告人東島は、その支配人、被告人南川は、そのいわゆる『雇われマダム』であるところ、被告人らは共謀のうえ、昭和四三年六月二五日ごろから昭和四四年一月一六日ごろまでの間、右バー『ミッキー』の女給として雇入れたはつ子こと上森初子ほか四名の婦女を、右会社が賃借中のアパート『○○荘』に住込ませたうえ、同女らが不特定多数の外国人遊客を相手に売春するに際し、遊客から同女らの外出時間の長短に応じた罰金名義の金員を徴収して同女らがバー『ミッキー』から外出することを許容するというシステムのもとで、同女らを同店付近のホテル等において売春させ、もって人を自己の占有する場所に居住させてこれに売春させることを業としたものである。」というものである。

(被告人および弁護人の主張)

これに対して被告人および弁護人の主張は、多岐にわたるが、要するに「本件バー『ミッキー』のホステスが遊客を相手に売春をしていたことは事実であるが、これは、あくまでも同女らの自由意思によるもので被告人らの介入するところではなく、ホステスが客と外出する際、客から徴収するいわゆる罰金は、ホステスが勤務時間中店をあけることによる客足の減少によってもたらされる売上額の減少を補填すること、およびホステスをなるべく外出させないようにするための制裁金たる性質を有するものであって、売春料の一部ではない。またホステスの居住条件と売春行為とは因果関係がない。さらに被告人南川は「ミッキー」の単なる従業員であって、経営者的立場にあるものではない、等いずれの点からいっても被告人らの行為は売春防止法一二条にあたるものではない。」というものである。

(当裁判所の認定した事実)

よって検討するに、本件各証拠を綜合すれば、被告人大宮が本件バー「ミッキー」の事実上の経営者であり、被告人東島が同店の支配人であり、および被告人南川がその地位はともかくとして同店の従業員であること、昭和四三年六月二五日ごろから昭和四四年一月一六日ごろまでの間、はつ子こと上森初子ほか四名の婦女が同店の従業員即ちホステスとして同店で稼働し、同店の経営者である関西興業株式会社が他から賃借中のアパート「○○荘」に居住していたこと、同女らが同店を訪れる外国人遊客を相手に付近のホテル等において売春することがあり、その際遊客が同女らを同店から外出させるためには、外出時間の長短に応じた所定の罰金名義の金員を被告人らに支払わなければならないことになっていること等の事実については、すべて起訴状記載の公訴事実のとおりであることが認められる。

そこで、本件バー「ミッキー」の性格および営業の実態について、さらに本件証拠を検討してみるに、本件バー「ミッキー」は、昭和三四年八月一七日兵庫県公安委員会から風俗営業の許可を受けた営業種別「カフェー」であって、その実態は、外国語を少々話すことのできる婦女をホステスとしておき、神戸港に入港する外国船から一時上陸する外国人船員を相手として、これに洋酒等の飲食物を供してホステスのサービスをまじえて遊興させるところのいわゆる「外人バー」であること、店の収益は当然のことながら客の飲食代金がその主要なものであること、ホステスの数には変動があるが常時七、八人が居て、その給与型態は、原則として固定給がなく、いわゆる「ドリンク」と称する稀薄飲料を客におごってもらえば、その代金一杯四〇〇円の半額二〇〇円(これを「ドリンクの戻し」という)が同女らの収入になるという一種の能率給制がとられ、ホステスは通常一日に五杯ないし一〇杯のドリンクを客からおごってもらっていたから、これを仮りに一日八杯としてホステスの平均収入を計算すれば、日額一、六〇〇円、月額約四万八、〇〇〇円になり、また例外的に固定給としては、店に対する貢献度の大きいいわゆる「売れ子」と、就職当初において右の能率給制では充分生活することができないと認められる者についてのみ月額三、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円が支給され、その他皆勤手当として皆勤した者には月額五、〇〇〇円が支給されることになっており、現実にホステスの木迫まつみと訴外のホステス大山多智子には月額五、〇〇〇円の固定給が支給されていたこと、同店を訪れる外国人船員達の中には、永い航海における性欲的渇望を満たすため同店のホステスに対し売春を求める者が非常に多く、またホステスらも、売春料欲しさに容易に客の求めに応じ、勤務時間中にもかかわらずホテル等に赴いて売春することが多かったこと、そのため被告人らは、ホステスに営業時間中店をあけられてはそれだけ客足の減少をきたし、営業収益の低下をもたらすことになることから、できるだけホステスの外出を防止するか、さもなければホステスが客に誘われて外出するときは、ホステス自身あるいは客からそれ相当の損失補填をしてもらうという考えのもとに、客から罰金名義で所定の金員、即ち外出が時間決めの場合は一、二〇〇円、午後五時以降閉店までの場合は一、六〇〇円、一日中にわたる場合は二、〇〇〇円(なおこれは実際その金額に相当するドリンク何杯分というように計算されているが、ホステスが現実にドリンクを飲むわけではないので、この計算方法には格別の意味はない。)を徴収することとし、右金員は例外なく客から徴収されていたこと、ホステスが客と外出するのは大体一人あたり週二回ないし三回であり、その殆どが午後五時以降閉店までであって、ホステスの数は前記のように変動が多いが今これを仮りに八名として、一人週三回午後五時以降閉店まで外出するとすれば、店のあげる罰金の月間収益は一五万三、六〇〇円となり、これは、店の総売上高が月間平均約一五〇万円であるところから大体その一割程度になること、またホステスの起居していたアパートの賃借料は、すべて関西興業株式会社で負担していたこと等の事実がうかがわれる。

(売春防止法一二条の法意)

ひるがえって売春防止法一二条の構成要件および法意を検討してみれば、同条は「人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者は、十年以下の懲役及び三十万円以下の罰金に処する。」と規定し、その法意は、いわゆる往年の娼家、売春宿等のごとく自己の占有または管理する場所に婦女を居住させてこれに売春させるか、または自己の指定する場所に婦女を溜めておき、遊客の求めに応じて婦女に指示を与えて遊客のもとに赴かせて売春をさせる等の行為をなし、利をあげようとするものを処罰し、もって風俗の紊乱を防止すると同時に婦女を保護することを目的とするもので、売春防止法中最も重い罰則をもってのぞんでいるものであるから、ここに「売春をさせる」というのは、婦女の意を無視してこれに売春を強要することは勿論、必ずしも売春を強要するにいたらなくても少なくとも婦女の自由意思による売春を積極的に勧誘し、または援助する等の方法をもってこれに介入することを要するものと解すべきであって、これに比して単に婦女の自由意思による売春を認容または黙認していたに過ぎないというだけでは、これにあたらないものと解するのが相当である。

(当裁判所の判断)

そこで、右に認定されたとおりの本件バー「ミッキー」の実態にてらして、被告人らの行為が右の意味における売春防止法一二条の構成要件を充足するかいなかについて検討するには、まず、ホステスの居住条件はさておき、被告人らが果してホステスに「売春をさせた」ことになるのか、あるいは単にホステスの自由意思にもとづく売春を認容または黙認していたに過ぎないというべきかが最大の焦点となるものと考えられる。

そうであるならば、先に見たとおり、本件バー「ミッキー」の業態が、ホステスが客の求めに応じて容易に売春をするということを除いては、いわゆる娼家とか売春宿とはほど遠く、世上一般のバーと何ら変るところがないのであるから、これをとらえて、被告人らがホステスに「売春をさせた」ことになると判断すべき基準としては、(一)被告人らにホステスが売春することを店の雇用条件の一つとし、これに具体的に命令したり、または積極的に勧誘もしくは援助する等ある程度売春を強要する行為があったか、(二)本件バー「ミッキー」の主要な収入源がホステスの売春料に依存するというしくみになっているか、(三)ホステスがいわゆる「ドリンクの戻し」だけでは一般的な生活をしていくことができなかったか、等が肯定されなければならないものと考えられる。

そこでまず、被告人らが、ホステスが売春することを店の雇用条件の一つとし、ホステスの売春に際し、これに具体的に命令、勧誘等積極的なある程度の強要行為をしたかいなかについてであるが、被告人らは、ホステスを雇入れる際雇用条件の一つとして売春をすることを同女らに明示したこともなく、また売春しない者を採用しないとか、解雇するとかという事実上売春を雇用条件の一つとするような行為に出たこともなくただ被告人東島と同南川において、ホステスの軽川幸子および訴外のホステス菊井勝子等について、一・二回客の依頼に応じ、同女らに売春の意思があるかいなかの打診をしたり、あるいは売春場所であるホテルに電話して、空室があるかいなかを確めたりする等の行為があったことが証拠上認められるところであるが、他の大部分のホステスについてはそのような売春に対する勧誘、援助等のいわゆる介入行為は全く見られず、ホステスの売春は、純粋に同女らと客との自由意思の合致によるものであり、就中あるホステスにおいては、自らの好みに従って客を選んで売春をしていたようなこともうかがわれ、仮りに被告人東島、同南川らに特定のホステスの売春に対し、一・二回右のような介入行為があったとしてもその行為自体が売春防止法六条にいう「売春の周旋」にあたる可能性のあることは格別、これだけでは同法一二条のいわゆる「売春をさせる」行為の決定的要素となるものではない。

ホステスが売春のため営業時間中に外出することは、当然のことながら客足の減少をきたし、その結果営業収益の低下を招来することは明らかな現象であることから、ホステスらの売春は、決して被告人らの本意とするところではなく、むしろ被告人らの本意は、ホステスにできるだけ店に留まってもらい、客のサービスにつとめさせることにより客の飲食量を増長させて店の収益を上げると同時に客にドリンクを少しでも多くおごってもらうことによりホステス自身の収入もふやしてやることにあるのである。しかしその半面、今仮りにホステスの勤務時間中の外出を全面的に禁止するならば、他のどこの外人バーのホステスも容易に客の売春の求めに応じがちであるため、客をほかの店にとられてしまうことになり、また罰金額をもっと高額にして必ずホステス自身から徴収することにすれば、今度はホステスがほかの外人バーに移ってしまうことが明らかに予想されるのであって、まさに被告人らにとっては「痛し痒し」の心境から、やむを得ず先に認定したとおり、それほど効果的なものとはいえないが、ホステスの営業時間中の外出を抑制することと、その外出中の店の売上額の低下を補填することの二つの趣旨をおりこんだいわゆる罰金制度を採用したものであり、これは、必ずしも被告人らがホステスの売春につけ込んで利をはかろうとする積極的な意図の現れではなく、外人バーに共通する特有の企業防衛的な制度であるということができる。

次に、本件バー「ミッキー」の主要な収入源がホステスの売春料に依存するというしくみになっているかいなかであるが、なるほど罰金制度はホステスが売春をするにつれて一定額の金員が店自体にも入るようになってはいるが、この罰金額の店の売上総額に対する割合は先に見たとおりほんの一割程度に過ぎず、仮りに罰金制度を設けずホステスの外出を自由に黙認しても、店の経営自体には基本的に支障をきたさないものであって、決して店の主要な収入源をホステスの売春に依存しているということはいえず、店の主要な収入源は当然のことながら客の飲食料であることは世上一般のバーと全く異るところがないのである。しかし、ホステスが売春をするということは、客を店に呼び寄せるという意味で店の収益に影響をおよぼしていることは否定できないが、店の主要な収入源である客の一般的な飲食料をもってホステスの売春に対する対価の一種と見ることは到底できず、また、そのように見られなくても、なお一般的にホステスの売春を客寄せに利用して収益をあげたことをもって、直ちに売春防止法一二条のいわゆる「売春をさせた」ことになると判断することも相当ではなく、また先の罰金も、なるほど客から見れば売春料の一部と観念されているようであるが、被告人らから見れば、前記のとおり損失補填等他の重要な趣旨を含んでいるのであるから、彼此考え合わせて客観的に判断する場合、いたずらに一方の趣旨のみを強調して他方の趣旨を軽視することは片手落ちであってこのことのみから直ちに被告人らがホステスに売春をさせていると判断することも妥当ではない。

最後に、ホステスがいわゆる「ドリンクの戻し」だけでは生活できず、どうしても売春をしなければならなかったかいなかであるが先に認定した事実によれば、ホステスの売春料以外のいわゆる「ドリンクの戻し」による正規の収入は、能率給の常として多少の変動こそあれ、先に見た通り平均して月額約四万八、〇〇〇円ほどになるが、これは、現在のようにかなりの時間外出して勤務についていないことを前提とするものであるが、もし仮りにホステスが現在のほどの外出時間をもっと減らすならば、本人の努力次第でかなりの増収を期待することができるのであって、それに各々の該当者には三、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円の固定給および皆勤手当等が支給され、またアパートの賃借料の負担もないのであるから、ホステスらは、特別な贅沢をしない限り正規のドリンクの戻しによる収入だけで充分生活することができたものと考えられ、本件のホステスの中にも、売春しなくても生活できたと証言している者も、またできないと証言している者もいるが、後者は特に勤務時間が少ないか、または派手好きな性格によるとも推測され、総じてホステスが自らの生活のため売春をせざるを得なかったというものではなかったというべきである。

(結論)

以上のとおりの判断を綜合すれば、本件バー「ミッキー」の業態として、被告人らが取得するホステスの売春料の一部と目され易い「罰金」も、その他の点についての判断との関連において、総じて売春料の一部たる性質のものではなく、ホステスの売春を客寄せに利用しているという意味における一般的飲食料による利益と同様、むしろホステスの売春に伴う反射的利益とでも規定すべきことになるので、結局被告人らの行為は、ホステスの売春を強要するか、あるいは積極的に勧誘または援助する等の方法でこれに介入するものではなく、消極的に、むしろこれを認容もしくは黙認していたものと見るのが相当であって、売春防止法一二条にいう「売春をさせる」ことに該当しないものというべく、その他ホステスの居住型態が同条の「占有」または「管理」等に該当するかいなか、および被告人南川の本件バー「ミッキー」における地位等弁護人主張の各点についての判断をするまでもなく、被告人らの行為はいずれも罪とならないものであるから、刑事訴訟法三三六条により被告人らにはいずれも無罪の言渡をする。

(裁判官 穴沢成己)

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